
アーム代表の伊藤です。
最近、「AIが何でもできるようになれば、専門家の価値はどこに残るのか」という議論を読みました。
これが面白いんですよ。数学や人類学まで持ち出して、仕事の流れを分解しようとしてる。自分もこういうの好きなので、つい最後まで読み込んでしまう。
でも途中で気になりました。主語が全部作り手なんですよね。
議論の主語は作り手
専門家に何が残るのか?どこまでがAIでどこからが人なのか?どれも作る側から見た問いです。お金を払う側の話が出てこない。
作る側の問い | 払う側の問い |
|---|---|
専門家に何が残るのか | 問い合わせは増えるのか |
どこまでがAIか | 売上につながるのか |
議論の中には「何が良いかの物差しは人ごとに違う」という指摘もあります。それなら、お金を払う側の物差しで見るとどうなるのか?
お客様が欲しいのは売上
集客のためにホームページを頼むお客様が欲しいのは、良質な問い合わせとその先の売上です。デザインの腕でもコードの綺麗さでもない。
お客様が買うのは専門性ではなく売上に近づく手段です。
売上は買う前に見えない
では、専門性にお金を払うのは間違いなのか?それも違うかなと。
発注の時点では誰にも分からない
売上は買う前には見えないんですよ。頼んだら本当に売上が立つのか、発注の時点では誰にも分からない。
だから専門性で見分ける
だから発注前は「この人なら売上に近づけてくれそう」を見分ける手がかりとして、専門性を見る。実績、肩書き、あとは作れるもの。専門性は依頼先を選ぶ手がかりです。買う目的ではない。
作れることでは見分けにくい
AIで作れるものが一気に増えました。綺麗なデザインも、動くサイトも、それらしい記事も、だいぶ速く出てくる。
どこに頼んでも同じに見える
そうなると「作れる」は手がかりになりにくい。どこに頼んでも同じに見えるので。
専門家の価値が落ちたのではなく見分けにくくなりました。一方で、お客様が売上を欲しいのは何も変わらない。
手段は売上で測る
選ぶときの手がかりと依頼した後の物差しは別です。依頼した後は、問い合わせや売上の変化で仕事を測る。
時点 | 見るもの |
|---|---|
発注前 | 実績、肩書き、作れるもの |
依頼した後 | 問い合わせや売上の変化 |
納品で終わる仕事と結果まで追う仕事
自分の仕事も、この物差しで見ると前と今で違います。
制作会社にいた頃
分業が基本で、事業としても公開後を追う形ではない。あるとしても保守や改修くらい。その先で売上が立つかどうかは知らないまま。
項目 | 当時 |
|---|---|
担当 | デザイン |
公開後 | 保守や改修くらい |
見えたもの | 納品まで |
あの頃は、お客様の物差しで自分の仕事を測る手段がありませんでした。
企画から集客まで担う今
今は企画から集客まで自分で担うので、問い合わせの数まで見える。公開して終わりではなく数字を見て次の一手を打つ。
項目 | 今 |
|---|---|
担当 | 企画から集客まで |
公開後 | 数字を見て次の一手 |
見えるもの | 問い合わせの数 |
ここまで来て初めて、お客様と同じ物差しに立てるかなと。
専門性の議論は面白いです。読むのは好き。でもお客様が買うのは、売上に近づく手段です。だから自分の仕事は、何を作れたかではなく売上に近づけたかで測りたい。



